Je M'appelle まっぷる 【聖地巡礼関連】2015年、聖地巡礼や多くの旅行を通じて、私の気持ちの変化。
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【聖地巡礼関連】2015年、聖地巡礼や多くの旅行を通じて、私の気持ちの変化。

ごきげんよう。MS-SMILE/まっぷる です。

さて、当ブログの過去記事をご覧になっている方はご存知でしょうが、
私は『スマイルプリキュア!』の修学旅行編をきっかけに
京都の散策や、大阪周遊パスを使った大阪市内観光を毎年行っています。

また、それ以外の用事があった際のついでに観光して帰ることも珍しくないので、
「そんなに行って飽きないの??」と思われるかもしれません。
でも、毎年のように足を運ぶことで、良いこと・良く思わないこと すべてをひっくるめた
様々な変化や移り変わりに気づくことが出来て興味深いです。

例えば通天閣の地下がきれいに改装されたことは良い変化の例です。
建物外の混雑も解消されましたし、非常に楽しげなスポットとなりました。
また、京都の市バスの一日乗車券が嵐山エリアまで利用可能範囲が拡大されただけでなく、緑の「市バス」以外にも赤い「京都バス」にも利用可能になったのは非常に嬉しい例です。



反対に、大好きな場所が変化していくことへの寂しさも感じています。
それが(あくまで主観的に)「良く思わない変化」と呼んでいるものです。

まず顕著なのが、観光客数の異常な増加と、それに伴う施設の混雑具合。大きな観光地は、行く曜日や時間帯をちょっとでも見誤ると どこへ行ってもめちゃくちゃ混雑します。数年前までは混雑具合もそこまで酷くはありませんでした。ですから、観光者としては、“最も行きたいスポットには朝一番に行く”などの戦略がますます重要になってきました。

そして近年増えた印象を受けるのは観光客の数だけではなく、
それに伴う注意書きや制約の数々
スマプリ聖地とは関係ないですが、例えば『くらしの今昔館』は「浴衣の貸出と着付」も有料になった上、1日当たりの人数制限まで出来ていました。
また、以前ならば出入り自由だった場所や、「こんなところにも必要なのか?」と疑いたくなるような場所にまで「触るな」「立ち入るな」の札があります。
さらに、「リュックを周囲にぶつけないよう、必ずロッカーに預けなさい」という、個々が気をつければなんとかなるレベルの制約まで設けられていたことには驚きました。

施設の維持や観光客のマナーへの諸対応など、様々な事情を踏まえるとやむを得ないことかもしれませんが、規制や制約がここまで増えると、窮屈に感じます…

何故、変化に対してこんなに寂しい気持ちになるのか・・・と気が滅入ってしまった私は「変化していく環境に、どう馴染んでいけばよいのか」を考えてみることにしました。


 ☆  ☆  ☆


まず、観光地や施設側の事情から考えて、納得を試みました。

どんな施設も、維持するだけでも相当な収入や客足が必要です。日本では博物館しかり資料館しかり、ただでさえ費用不足な施設が多い現状を踏まえると、なおさら収入は重要になってきます。(公立の博物館は本来非営利ですが、観覧料の徴収や、目玉となる特別展の実施など、ある程度の収入獲得のための戦略はやむを得ないことですね。)

しかし、私のような物好きな客を除けば、普通の日本人客は、大幅なリニューアルでも行われない限り 一度訪れた観光・見学施設にもう一度足を運ぼうとはなかなか思わないでしょう。となると、リピーター客に来てもらうことに賭けるよりも、新規顧客を獲得するために注力するしかありません。しかし日本人だけを狙っても数に限界があります。したがって、新規顧客としてのターゲットは当然海外観光客になり、経営戦略や諸々の配慮も当然そちら向けに対応せざるを得なくなります。つまり、観光施設が「海外向け」に特化してしまうのです。これが私の気持ちに最も影響を及ぼしている気がしました。

そうして海外観光客を含む大勢のお客さんに来てもらうことは大切ですし、観光地が賑わうのは素晴らしいことです。しかし、毎年そんな観光地に通う日本人にとってはここ2~3年の目まぐるしい環境の変化は心穏やかではありません…。
学生時代に(半ば趣味的に)博物館や資料館等の施設運営についても結構勉強したことがありましたが、その都度レポートには「外国からの客層のための配慮や改善を推し進める必要がある」などとサラリと書いていたものの、いま改めて主観的に、熱心な国内旅行者の立場で捉えると、とても寂しい気持ちが湧いてきました・・・。

誤解を招くといけないので書いておくと、
私は決して、海外観光客にの悪口を述べているわけでもないし、海外観光客に来てほしくないと述べているわけでもありません。だって、私自身が海外旅行は好きですし、海外の方が日本に興味を持ち・好きになってくれるなんて、素晴らしいことじゃないですか!
ただ、近年では大きな観光地はいずれも、もはや「日本人だけのもの」ではなくなっているのだと、改めて認識させられたのでした。

日本人向けでなくなりつつある件については「もう、しょうがないのだ!!」と、割り切ることにしまして、ともかく私ができることは、行きたい観光地は混雑しにくい曜日・時間帯を狙って訪問すること。落ち着いて観光するためには、これに尽きます(^_^;)


 ☆  ☆  ☆


続いて、私自身の気持ちの面について考えてみました。
こちらの面で納得するのは厄介そうです・・・。


環境が変化することで一番ショックを受けやすい場所はやはり、スマプリに絡んだ京都や大阪。なかでも劇中に登場し、自身としても思い出深い、三条の「いろは旅館」の廃業や、新世界の「ニュー三共」の廃業は特に心を痛めました。大好きな場所に行くたびに、思い出のスポットが無くなったり、お別れをせねばならないのは非常に辛く、もう京都や大阪に行くのやめようか…とまで感じるほどでした。


一方で、聖地じゃない場所や、あまり思い入れのない場所
たとえば海外旅行や、しまなみ海道自転車旅、茨城旅行、伊勢志摩鳥羽旅行… etc.
といった旅は自分の中でたいへん好印象です。
それは、その場所に深い思い入れや先入観を持たずに、初めて訪れる場所をただ素直に楽しむことが出来たからでしょう。(主要都市の観光地に比べて、先述の「海外客向けの特化」の影響が少ないから、というのも理由の一つかもしれません。)

反対に、京都や大阪の観光は思い入れがあまりにも強すぎるのだと思います。自分の思い出のカタチをそのまま保っていてほしいという願望がにじみ出てしまっているのでしょう。。

スマプリや当時の聖地巡礼の思い出が、自分の中で非常に大きな存在だとはいえ、
ここまで思い出に執着し過ぎるのは、「愛」と呼ぶには歪んでいますし、自分で自分にかけた一種の呪いのようにも思えました。この執着を解き放つ必要がありました。




――― そんな私に、転機が訪れました。
ある日Twitterで偶然、約30年前の大阪・新世界の様子を写した写真を見かけ、当時の景色を見て素直に面白いと思いました。同時に、現在の大阪・新世界は30年前の原形をほとんど留めていないことに衝撃を受けました。

ということは、今から30年も経てば、スマプリに登場した景色なんて跡形もなくなっているかもしれないということです。ますます寂しい気持ちになりかけたそのとき、最初に面白いと感じた自分にハッとさせられました。

当時の新世界が好きな人からすれば、
「なんで現在の新世界はこうなった!?」と寂しく思うわけだし、

現在の新世界が好きな私からすれば、
近年のわずかな変化でも「なんでこうなった!?」と寂しく思うわけである。

この「なんでこうなった?」は世代を超えて永遠に繰り返されていくもので、
いちいち気に病むようなことじゃない、当たり前のことである。
だから、寂しいと感じるのは自分だけじゃない。

それに、自分は昔の写真を見て、「面白い」と感じることができた。だから、今後の変化を見届けるのもまた面白いものなのではないかと、ようやく気づくことが出来たのです。

この考えに切り替わったおかげで、前回のブログ記事で述べた通り、「いろは旅館」にスッキリした気持ちでお別れしてくることも出来ました。いろは旅館が無くなったのなら、跡地に何ができるのか楽しみですし、その場を訪れるたびに
「かつて、ここにいろは旅館があったんだよなぁ~」と毎回思い出すことでしょう。それもまた、素敵なことなんじゃないか・・・と。





今年1年、あれこれ寂しい思いをしてしまったわけですが、結局、自分の考えすぎ。もっと緩く受け止めるべきでした。

どんな場所も、永遠に変わらない筈がないと頭では分かってはいるのですが、心のどこかで自分にとって一番思い入れのあるスマプリ聖地だけは「永遠に残るものだ」と錯覚していたのかもしれません。

京都だと、、
・いろは旅館は無くなります。
・舞妓さんのお店として登場した「料理旅館 白梅」の玄関前の橋も新調されました。
・嵐山も少しずつ変わっています。

大阪だと、、
・劇中の2代目ビリケンさんは代替わりして3代目になっています。
・新世界でおばちゃんたちを別れるシーンで少し映っていた歴史あるパチンコ店「ニュー三共」も無くなりました。

台湾の九フンも変わりました。
大塚隆史SDがTwitterにアップされていた最近の写真からは、私が2013年9月に見た景色とは、階段の周辺のお店が変わってしまっていることが伺えました。

また、プリキュアをはじめとする数々の作品が生まれた大泉のアニメーションスタジオも、プリキュアのアフレコを行っていたタバックのスタジオも無くなりました。

その他、細かい場所を述べればもう数え切れません。

つい先日も、ゴープリ24話のモデルとなった木立が伐採されてしまったという関係者様の書き込みを拝見したばかり。ずっと存在し続ける場所なんてないのです。永遠に残るのは、アニメの中の景色と、自分自身の思い出だけ。今回それを改めて学んだのでした。



ともあれ、色々考えたおかげで、思い出を作る心構えが変わりました。

やっぱり聖地巡礼というのは、実際に足を運んでナンボです。
たとえ、いろは旅館の内装や、みゆきたちが停まった316号室の中身も、
検索すれば写真ぐらい幾らでも出てきます。それを通して景色を知ることはできます。
けれど、それじゃ所詮は画面越しに見る劇中のカットに毛が生えた程度です。

しかし、どんな場所でも実際に訪れたなら、目にした景色、感じ取った空気、思い出や感動は、写真がなくともいつまでも鮮明に残ります。

そうして訪れた場所で大切な「思い出」が生まれたならば、それは決して消えないものだと思います。普段は忘れていても、写真の一枚、日記の数行、何気ない会話…等々、なんでも良いからちょっとした「手がかり」「きっかけ」があれば「思い出」はちゃんと思いだせるはずです。たとえその思い出の場所が無くなっても…

いろは旅館の[外観]は自分にとって、直接見て、感じた「思い出の場所」です。
一方で[内装]は私にとって、他人様のブログやTwitterの写真を通して見た「単なる景色」でしかありません。そこに思い出は伴われていません。

そんな風に行きたい場所に行かず、「単なる景色」として終わらせてしまって、後々つまらない後悔することがないよう、これからも色々な場所を(存在するうちに)訪れて、「思い出」を、生きているうちにたくさん作りたいと、いま改めて思います。


 ☆  ☆  ☆

さいごに。

12月末以降、「いろは旅館」の内装を知るために私に残された手段は、他の方々のブログや写真付きツイートを拝見することです。聖地巡礼ブログとかを色々調べると、アングルを完璧に再現されている方なんかが大勢いるもんで、ホントに凄いと思います。さすがに1人で全カットのアングル再現を網羅している超人は今のところ見たことがありませんが、みなさんの写真や記録を足し合わせたら、それだけでも最高のデータベースになることでしょう。

私は当ブログを、そんなデータベースの一部として使っていただけたら、と思っています。
特に聖地巡礼関連については、事情があって直接見ることのできない人や、私のように機会を見送ってしまった人が、少しでもその場所に思いを馳せたり、私という一人のファンがどんな気持ちを抱いてその地を巡っていたのか…そして、作品中に登場したスポットが年月を経てどんなふうに変化しているのか…を知っていただけたらとも思います。

少しでも楽しんでいただけるよう、私もなるべく色々な場所を紹介したい所存です。
ただダラダラと長い記事が多いブログですが、今後ともよろしくお願いいたします。

☆ULTRA HAPPY☆
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MS-SMILE(別名まっぷる)です♪
更新頻度は適当ですが、よろしくお願いします☆

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